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◆ マイクロ・ファイナンスのビジネス化

◆ 金融サービスという常識

マイクロファイナンス、或いはマイクロクレジットという言葉は、日本ではそれほど馴染みがないかもしれない。だが発展途上国においては、こうした低所得層向けの小口融資や金融サービス無くして、金融は語れない。その多くは非営利団体であり、開発機関にその資金の源泉を依存することが多い。スケールメリットが出てこないので、ビジネスとしては成立しにくいからである。

だが、この分野に一石を投じた日本のベンチャー企業がある。大手メディアでも紹介されているのでご存知の方も多いだろう。元東京三菱ワシントン事務所長の枋迫氏が設立した、Microfinance International Corporation (MFIC) である。同社が狙うのは、満足に金融サービスの得られない中南米移民者への廉価送金や小口ローンを中心とした総合金融サービスであるが、実はそのビジネス企画の裏には驚くべきマイクロファイナンス世界の実態が隠されている。

企業金融やデリバティブズ、富裕層への金融サービス、或いはペイオフなどといった現代金融のキーワードは、豊かな国日本にあってこその常識である。そこには、日本人なら、或いは日本の企業なら、誰でも金融機関のサービスが受けられる、という前提が組み込まれている。銀行に預金口座が作れない、送金が受け取れない、といった不自由は感じたことがある人はまずいないのではないか。どんな田舎にいても、地域金融機関や郵便貯金をはじめとしたネットワークは利用可能だ。

米国には、中南米からの移民が多い。その数は日に日に増えており、不法滞在者も少なくない。こうした人々は銀行口座を持てない。また祖国に残してきた家族に送る生活費は年間320億ドルを超えると言われるが、受け取る家族の居住地には銀行の支店もなく、満足な金融サービスを受けられる環境にはない。劣悪な金融システムで、高い手数料、不安定な送金システムを受け容れざるを得ないのが実情である。

こうした「分断された家族」の金融を支え、さらに金融機関が見向きもしない移民への融資方法を開発しようとするのが、枋迫氏のMFICである。以下、同氏から直接伺った説明をもとに、マイクロファイナンス世界から感じ取った筆者なりのインプリケーションを述べてみよう。

◆ MFICのビジネスモデル

まずMFICは、米国における移民に対して、仕送りのための送金、小切手換金、小額ローンの提供、保険商品の販売といった、「預金口座以外の金融サービス」を提供する。従って、銀行免許は不要であり、保険料や過剰管理など余計なコストがかからない。

現在、移民の多くは銀行口座を開設して送金する、といった日本では当然のサービスが受けられないため、場末の酒販店やタバコ屋が送金会社のエージェントとして扱う送金サービスを使ったり、Money Orderを買い、郵送したりして仕送りを送っているらしい。時間もかかるし、高い手数料がかかったりもする。MFICはこうした人々に対し、送金金額に拘わらず一件当たり9ドル(送金金額が150ドル以下の場合は一律6ドル)と、競合他社や市中銀行の30%程度の手数料で応じる。

また、送金を受け取る受益者もこれまで「金融サービス」には無縁であったが、彼らを現地のマイクロファイナンス機関の常連顧客として定着させていく。このマイクロファイナンス機関というのが、MFICの狙うビジネスのもう一つのターゲットとなるのである。

マイクロファイナンス機関は文字通り微小な金額のローンを提供するものである。しばしば日本でも中小企業金融を扱う金融機関をマイクロファイナンスと呼ぶこともあるが、今回話題に挙げているのは、そうしたプロ金融ではない。中南米には7,000を超えるマイクロファイナンス機関があるといわれるが、その殆どはNPO(Non Profit Organization)であり、その資金源は国際機関や財団に頼っている。

そのサービスも原始的で、外為決済や電子決済、銀行間資金取引などへアクセスすることは不可能である。従って、移民が送金にこうしたマイクロファイナンス機関を利用することはこれまで事実上不可能であった。だが、枋迫氏は金融機関で得たノウハウを利用してこうした機関を通じた送金を可能にする独自の決済の仕組みを作り上げたのである。

だが、送金だけでは収益力のある大きなビジネスにならない。MFICの二つ目の狙いは、送金時に歩留まる資金を、こうしたマイクロファイナンス機関に貸し出すことにある。移民からの送金は、受益者から引き出されるまで通常2-3日はかかるため、その間はフリーの資金となる。

さらに、受益者が支払いを受けた後はこの資金が支払いを行ったマイクロファイナンス機関名義の決済口座残高として引き続きMFIC内の決済システムに滞留する。この資金は最終的に当該マイクロファイナンス機関が地場の銀行口座に送金するまでMFICの資金プールに滞留することになるが、これを、途上国での小口貸し出しを行うマイクロファイナンス機関に融資するのである。

だが、日本的な常識で考えれば、何を担保にどういう信用判断でそうした貸出しが可能になるのか、気になる。相手はNPOで、それも所在地は途上国、そして最終的な借り手はそうした国々で事業を始める人々である。銀行勤務経験のある人でなくても、そんな商売は有り得ない、という直感を持つだろう。私も、枋迫氏に、貸し倒れを考えると相当高い金利なのでしょうね、と聞いたが、氏の答えは意外なものであった。

マイクロファイナンス機関においては、貸出しの返済率は平均で98%程度であるというのである。そしてマイクロファイナンス機関から金融機関への返済率は現時点で100%であり、返済が滞った例は過去にないという。これには正直言って驚いた。

勿論、マイクロファイナンス機関によって渋りの良し悪し、質の高低はある。従って、MFICもどの機関とも取引が出来るというわけではない。その判断はやはり専門家の意見を聞くことになる。ワシントンに、これらのマイクロファイナンスを格付けする機関があるという。そのMicroRateという会社が、いわばマイクロファイナンスの世界のMoody’sであり、S&Pであるということだ。

こうした判断材料に基づいてどこと提携するのかを決めるのだが、実際にははじめに送金サービスとして提携し、実際の経営者の質やサービスの良否を観察した上で、実際に融資を行っても大丈夫かどうかを判断するという。

そしてクレジット・ラインを引き、彼らがMFICの中にもつ決済勘定から資金を引き出して融資を開始する。従って、どの程度融資が行われ、どういう回収がなされているかは一目でチェックできる、というシステムだ。これは香港などで行われている中小企業金融方式と似ているところがある。

◆ 回収率98%の世界観

以上、簡単にMFICのビジネスモデルを紹介しつつ、途上国におけるマイクロファイナンスの世界をちらりと覗いてみた。枋迫氏の着眼点の鋭さも見事だが、回収率が98%という途上国の金融世界も、筆者の偏見を是正するものであった。「借りた金は返すな」といった本がベストセラーになったり、数千億円単位の債権放棄といった単語が平然とまかり通ったりするご時世である。土地が担保になっているわけでもない。

回収率といえば、先進国のクレジットカードなどでも95-96%程度であるから、こうした途上国のマイクロファイナンスの98%という事実は、個人の「支払倫理感」は民族や人種、経済環境を問わずあまり変わらないということでもある。企業体になった瞬間に、或いは企業体に所属した瞬間に、また豊かさが社会の前提となった瞬間に、そうした倫理感は変化するのかもしれない。

枋迫氏は、「本当に困っている時の数ドルを踏み倒す人はいない」と語っている。毎月家族に送金するような働き者は、それだけで「クレジット」であるとも言う。それがマイクロファイナンスの原点であり、MFICがプールされた資金でこうした社会に融資を行う行動原理でもある。ここにはBISによる規制導入の考え方とは、相当乖離した世界観があるようだ。だが、これも金融なのである。

日本では、どんな離島にもどんな僻地にも、必ず何かしらの金融サービスが提供される。住宅ローンにおいて独自のスキームを開発する銀行も出始めたし、様々に批判を浴びた中小企業金融に関しても、いろいろな工夫が施されるようになった。だが基本的に日本の金融の枠組みは、行政を通じてBIS規制に縛られており、その制度設計の自由度は決して高いとは言えない。

日本の金融は、確かに先進国と同様に先端を走っているように見えるが、極めて一面的なサービスしか捉えていないとも言えよう。BISに縛られない金融が、何故一般的に認知されないのか。預金業務などのライセンスが不要な、もっと柔軟な金融機能があちこちで生まれてこないのは何故か。マイクロファイナンスの世界は、あらためてそうした疑問を抱かせるものである。

2005年02月25日(第093号)