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◆ イスラム金融の拡大

◆ 21世紀のオイルダラー

「世界潮流(第77号、第104号)」に本年のイスラム金融の急速な拡大について言及したところ、少なからぬ反響があった。イスラム金融とは「金利の許されぬ世界なり」といった理解は既に広まっているが、その実態は見えにくい。別に見えなくても良いと思う人も多いかもしれない。だが、これだけ原油が高騰している時に、運用資金に溢れかえるイスラム世界の金融に関心がなくて何の金融業務であろう。と書いていたら、先週東京工業品取引所がバーレーン通貨庁と提携したとの報道があった。

さて、1970年代の二度にわたる石油ショックが、「イスラムにおける金融」を目覚めさせた契機となったことは有名である。だがそれは正確にはイスラム金融の覚醒ではなく、イスラム世界による西洋金融へのアクセスへの目覚めであった。オイルダラーと呼ばれる大量の資金が、サウジを中心に米国や欧州、そして日本の銀行にまで押し寄せ、資金循環の中で近代的なシンジケートローンを生む土壌を作った。

一方で伝統的なイスラム金融機関といえば、1950年代にパキスタンで細々と始まった無利息銀行を以って嚆矢とする。次に現れたのは1963年のエジプトの貯蓄銀行で、これは1972年に公的資金を入れて国家運営の銀行となった。もっとも規模はせいぜい2億ドル程度であり、西洋金融市場とは比べるまでもなかった。

だが1973年にサウジでイスラム開発銀行が設立され、ドバイには民間のドバイ・イスラム銀行が設立されて、イスラム経済圏の中でイスラムに基づいた銀行業務が拡大する契機となる(昨今もドバイは金融・商品市場への進出が目覚しい)。やがてその規模は徐々に拡大し、9.11同時多発テロを契機とするイスラムの米銀離れや昨年からの石油高騰は、このイスラム金融急拡大の尖兵となった。まさにイスラム金融の覚醒である。

銀行預金残高の推移は一つの指標となろう。1995年には1,100億ドル程度であった預金残高は2003年末には推定2,000億ドル(Euromoney誌)とほぼ倍増し、本年は既に3,000億ドルを超えた(FT紙)との観測もある。円換算で約30兆円であるから、結構な金額だ。しかも、西洋金融機関にあるイスラム金融部門にはその他に別途3,000億ドルの資金が滞留していると言われる。また、2003年には19億ドルであったイスラム市場での債券発行は、2004年には67億ドルと3倍以上の規模になり、本年は100億ドルを超えるペースとなっている。

こうした膨張するイスラム金融に対して、CDOなどの新商品開発担当者やヘッジファンドマネージャーなどがジャパン・マネー以来の「新たな顧客の出現」と興奮するのは無理も無い。

◆ 運用商品の欠乏

「運用難」とは日本市場の専売特許ではない。イスラムもまた、資金が集まるのに比べて運用する市場が狭く、多様性にも欠ける。端的に表現すれば「日本は金利がゼロだがイスラムは金利が許されない」ということに尽きるが、勿論イスラム社会の方が事情は少々複雑である(日本も、裏側の事情は結構複雑だとも言える。)

イスラム社会は、シャリア (Sharia)と呼ばれる法典の掟がすべてであり、経済活動もシャリアに縛られる。賭博や飲酒、豚肉に加えてリバー (Riba)と呼ばれる固定金利は、殺人や窃盗と共にシャリアによって禁止されているのである。このリバーを回避する為に、イスラム経済社会は様々な工夫をこらしてきた。つまり許されぬ固定金利をどうやって許される仕組みにするかを考えたのである。「ゼロ金利の日本は仕組み債を作り、金利禁止のイスラムは金利の仕組みを作った」のだ。

立命館アジア太平洋大学の武藤幸治教授に拠れば、イスラム金融の資金提供プログラムは以下の4通りに分類される。(カタカナ表記は筆者によるもの。発音など間違いがあるかもしれないことをお断りしておく。)

@「ムシャラカ」「ムダラバ」

貸付利子ではなく、当初合意した比率の利益配分を受ける出資方式。返済原資は飽くまで両者が合意した事業基づくキャッシュフローであり、西洋型でいうノンリコース・ローンに近い。

A「ムラバハ」

貸し手が借り手に代わって財やサービスを購入し、後払いで借り手に再販売することにより、利子分を売買利益の形で徴収する。商業金融としては典型的な例であり、担保設定も行うが、借り手の信用度に大きく依存する。厳格なイスラム学者は掟の抜け穴だと批判している。

B「イスティスナ」

農産物先買いや工業製品生産・プロジェクト発注など、様々な案件に対して貸し手が頭金を先払いする形態。この取引には、業者と銀行、銀行と発注者という二つの契約が並存するが、銀行は後者の債権を証券化することが多い。これをイスラミック・ボンド (Sukuk) と呼んでいる。まさにABSである。

C「イジャラ」

貸し手が借り手に代わって財やサービスを購入し、借り手に一定期間リースする取引。貸付金利に相当するのはリース料である。このリースを証券化するケースもある。

こうしたシャリアに則った手法によってイスラムの銀行は取引を継続しているが、その合法性を監督するのは各金融機関に設置された「シャリア委員会」である。従って、新たな取引手法が出現すれば、それを合法と見做す銀行と違憲だとして禁止する銀行が出てくる。現在、欧米銀行が拡大するイスラム金融をターゲットに工作しているCDOへの取り組みや、ヘッジファンドによる資金調達の前に立ちはだかるのが、このシャリア委員会である。

◆ イスラム資産担保証券市場

先述したように、イスラム債券市場とは資産担保証券、つまりABS市場 (Sukuk) である。これには14種類の形式があると言われるが、イスラム金融協会の資料に拠れば、最も典型的なのは不動産などの資産がSPVに売却され、一定期間(債券の満期まで)リースバックされる方式である。上記の分類で言えば、Cの「イジャラ」である。通常、債券が満期を迎えるとオリジネーターが買い戻すらしいので、殆ど我々の見るABSに等しい。

Risk Magazine誌に拠れば、この市場の大型化は、2002年のマレーシア政府による6億ドルの起債で口火が切られた。次いでカタール政府が7億ドルのSukukを発行し、バーレーン政府の2.5億ドルがこれに続いた。本年に入って、パキスタン政府も6億ドルのSukuk発行に成功した。これらの案件をアレンジしたのはHSBCやCitigroupである。

こうしてみるとすべてソブリン発行であり、リース案件リスクのABSというよりもソブリン・リスクを暗黙の了解としたABSとして販売しているようだ。もっとも、徐々にではあるが非ソブリンABSも生まれている。昨年末から本年にかけて、ドバイやサウジアラビアで20-30百万ドル単位の自動車や船舶のリースを担保とするSukukも発行されている。

こうした債券市場は、欧米市場しか見てこなかった借り手に多様化のオプションを与えることになる。仕組みは完全にシャリアに適合するものであり、合法・違法の判断で悩む必要は無い。20年前に、投資銀行は新たな資金ソースとして日本の機関投資家を発見した。イスラム金融社会の発見は、これと似たようなマグニチュードを持つかもしれない。彼等は、今後積極的にイスラムABS市場を顧客へ紹介することになるだろう。

◆ 新市場を狙うCDOとヘッジファンド

ABSが可能であればCDOも可能だろう、と投資銀行が考えるのは当然である。Risk Magazine誌の7月号は、上記シャリアの精神に則った形式でのCDO組成に向かう欧州系投資銀行の取り組みを紹介している。

同誌には、HSBCやDeutsche BankなどのCDO担当者によるコメントが寄せられているが、仕組みの内容は極秘扱いである。CDOはABSと違って「利子を生む商品」を原資産とするからだ。イスラムに適合したCDOの設計は容易ではない。従って、お馴染みのローンやCDSを用いたCDOの導入は難しそうだ。同誌は、その前に既にイスラム市場に存在する商品を原資産とするパッケージ商品がまず導入されるのではないかと推測している。

つまり、株式や石油、土地、そして上述のSukukなど、通常の金利支払が付随しないものが組み込まれたパッケージの商品化が先行することになりそうだ。だがそれがイスラムの金融機関に受容されるには、前述の厳しいシャリア委員会をクリアする必要があり、更にリターンの面で現存のイスラム商品と競争的でなければならない。

こうした高いハードルは、イスラム金融に蓄積する資本を新たな調達ソースと考えるヘッジファンドにとっても同じ問題となる。そもそも、ヘッジファンドが「投機的に」追及する経済利益は、シャリアの精神に反しているとも言えよう。更に、ロング・ショートに付帯する空売りをシャリア委員会に説明するのは、20年前の邦銀ポートフォリオ運用で空売りすることを担当役員に説明するくらい難しかろう。

更にCDOなどにも共通することだが、イスラムに適合する仕組み作りのために費やされるコストは馬鹿にならないという。折角ハイリターンを誇るヘッジファンドも、こうした費用のマイナス効果を考慮に入れると現実性が薄れる、との声も上がっている。

勿論、こうした障害を乗り越えてイスラム資金の調達に成功したヘッジファンドも幾つかある。Risk Magazine誌は、為替取引専門のシカゴのCrescent Capitalや、株式のファンドオブファンズを運営するコネチカットのMeyer Capital、そしてニューヨークに本拠を置くPermal Groupなどが運用するAlfaner Fundなどを紹介している。だが、これらも金額的には決して大成功しているとは言えないようだ。

西洋側の感覚からすれば、現在の運用環境で10%程度の利回りをもたらすヘッジファンドは大歓迎であろう。だがイスラム社会では、少なくともこの1年程度を振り返れば、50%以上値上がりした株式や二倍以上になる不動産はザラにある。こうした値上がりを見慣れた投資家に、ヘッジファンドの利回りはそれほど魅力的でもないかもしれない。

だが、新たな「金鉱」を見つけた投資銀行やヘッジファンドが早々にマーケティングを諦めるとも思えない。イスラム社会は、金融の新たな開拓地でもある。東京工業品取引所がどのようにシャリア法適合の商品開発を行うのかにも興味をそそられる。一方、新オイルマネーによる株の賑わいだけで満足しているような金融市場では、先が思いやられる。

- お断り -

前号の「金融力の現代史:Globalizationと経済文化」の文中で、「西欧に流れたアシュケナジームと呼ばれるユダヤ人が築いたものであって、東欧に流れたスファラジームや中東・アフリカに移り住んだミズラヒームと称されるユダヤ人の活動は捨象されている」という記述に関し、読者より「アシュケナジームは語源がドイツを意味するヘブライ語で東欧に流れたユダヤ人であり、スファラジームはスペインを意味するヘブライ語でスペインにいてアフリカに流れたユダヤ人であることを考えるとやや誤解を招き易いのではないか」との指摘がありました。

同論は、西欧と非西欧におけるユダヤ人の役割の対照性を論じるのが目的であったため、敢えて東欧から「西欧に流れたアシュケナジーム」の面を強調したために、やや誤解を招く表現になりました。ユダヤ人の分類に関しては読者の指摘の通りです。

2005年12月02日(第112号)