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◆ 安全資産とは何か

◆ あるインフラ設備

本誌に書くことが適切であるかどうかやや心許ないが、筆者が代表(執行役員)を務める上場投資法人(J-REIT)にて、先般羽田空港にあるメンテナンス・センターを購入した。某航空会社のリストラの一環としてのSell & Lease Back案件であり、メディアにても大々的に報道されたのでご存知の方もおられるかもしれない。

これは格納庫(ハンガー)と呼ばれる、航空機にとっては人間ドックに相当する施設であり、航空法上、一定の飛行時間を経過すればこの中で点検を受けなければならないことになっている。場所は、モノレール「新整備場」駅のすぐ近くにある。以前の「整備場」もまだ使用されているが、羽田空港の拡張工事などを視野に入れて、新整備場への統合が進んでいるらしい。

格納庫といってもその広さは素人の想像を超えるものがある。今回購入した物件は二つあるが、それぞれの施設は約50,000平米あり、航空機が最大8機収容できる規模である。東京ドームがすっぽり入ってしまうという話も聞いたので調べてみたら、ドームの面積は46,000平米であり、それが誇張ではないことがわかった。実際にこの格納庫に入って天井近くにまで上ってみたが、百聞は一見に如かずとはこのことか、とあらためてその大きさに仰天した。

こうしたインフラ施設を投資法人が購入するのは恐らく初めてのことである。豪州のマッコーリーのように、インフラを株式形態で投資するところはあるが、REITが不動産として購入するケースは世界でもそれほど多くないようだ。それは、インフラ施設の賃料にアップサイドの夢があまりないからでもあろう。

確かに、インフラ賃料は居住用・商業用不動産などに比べれば上昇期待値は落ちるかもしれないが、昨今の不動産市況を見ていればむしろインフラには安定という強み、即ちそのダウンサイド・リスクの無さが浮かび上がる。これは後述することにしよう。

さて、インフラを投資法人が購入するのはどんな意味があるのだろうか。それはまず、公的な資産を民間市場に開放し、公的施設に市場メカニズムを注入する、という文脈で観察することが出来る。

また現在、公的機関が保有するインフラは推定で約400兆円あると言われており、証券化などを通じてこれをSell & Lease Backすれば、国と地方合わせて約800兆円にのぼる借金もかなり減らせる計算にもなる(賃料は追加コストになるが)。

さらに運用難と言われる日本市場においても、これは安定収益を提供しうる一つのアセットクラスを形成することになるだろう。メニューの乏しいと言われる日本市場には貴重なアセットである。勿論、投資法人はその一つの便法に過ぎない。本論の目的は投資法人の宣伝ではなく、インフラ投資の意味を、公的市場と安定資産という二つの異なる視点から整理してみようという試みである。

◆ 賃料水準の決定方法

格納庫を購入した投資法人は航空会社から賃料を得ることになるが、その水準は市場環境に基づいて資本が要求するレベルで決まる。特殊な物件だけに何を参考にして決めるかは、運用会社のノウハウであり、その是非を判断するのは投資家である。

ここで気になったことが一つある。それは他の格納庫ではどのように賃料が決められているのか、という疑問である。流石にそれは想像するしかないが、ヒントは他の格納庫が誰によって保有されているか、という点だ。これは飽くまで推測でしかないが、恐らくその賃料決定方法に市場メカニズムは投影されていないだろう。

とすれば、投資法人の参入によってこうした非市場型賃貸市場に市場価格が導入されるということになるかもしれない。一気にその水準が変更されるとはいかないが、市場型投資の新規参入によって、固定的な市場に風穴が開く可能性もあるだろう。それは結果としてユーザーへ転嫁されるコストを下げることになる可能性もあろう。その意味で、インフラの民間開放は大きな意味がある。

先般、成田空港の運営会社への外資規制の是非を巡って政府内でも議論が紛糾したが、規制に反対するのはこうした市場メカニズムを活かすのに外資排除はけしからんという論理である。一方で規制導入派は、公共性の高い施設を外資に買収されるのは困るという心情的な訴えで攻める。

そもそも株式を公開するのだから、様々な投資家が入ってくることは覚悟しなければならないことは既に述べた。だが市場メカニズムの導入は別に外資に限った話ではない。実際に、利潤優先や国益優先の外資が過半数を掌握すれば、何が起こるかは想定できない。国営化された足利銀行の受け皿候補から外資系グループが外された経緯は良く知らないが、結論としてそれは当然のように思える。

外資に依存しないでも、市場メカニズムの導入は可能である。国内投資機会に飢えたお金が随分と滞留しているのだから、国内インフラにはまずその国内の資金を資本化するスキームを整備すれば良い。外資との競争も歓迎すべきであるが、20-30%までに抑制するという方法論は、決して国際的に見て決して恥ずかしい話ではない。

話は逸れたが、言わんとするのは、硬直的な場への市場メカニズム注入が、外資規制の是非議論によって振り回されてはならぬという点である。郵政改革など大向こうを張るような派手な看板を掲げなくても、実質的に改革しうる点は腐るほどある。不良債権時代に新しい金融の旗手として期待された新銀行東京や振興銀行などは「金利の発見」に失敗したようだが、新たな投資振興としてのインフラ民間開放は、別角度から公的市場によって覆い隠されていた「市場の発見」を促す契機となるだろう。

◆ 安全資産とは何か

別の観点からインフラ投資を見てみよう。格納庫に限らず、工場でも物流センターでも基本的に収入は賃料である。その賃料は景気動向に左右されるとはいえ、レジデンスや商業モールなどの賃料に比べればその変動率は相対的に低い。経済が活性化すれば商業施設での賃料交渉も強気に出られるだろうが、インフラはそうは行かない。

だが、昨今のように景気が怪しくなってくれば、商業施設では撤退するところも増える。直ぐに空室が埋まるとは限らない。住居も似たようなところがある。蛇足ながら、世界中の銀行は不動産担保融資に慎重姿勢に転じており、J-REITの中でも先月末のファイナンスに苦労するところが少なくなかったようだ。

それに比べるとインフラはその使い手が直ぐに居なくなるという可能性は乏しい。極端に言えば、格納庫は航空会社の経営がどうなろうが、航空機が必要な限り借り手が消滅することはない。他にも投資対象になりそうなインフラを探せばかなりの可能性が見えてくることだろう。それらは、国債などとそれほど遜色のない、かなりの安全資産になる筈である。年金運用見合いの運用としては、下手な超長期国債よりも有益かもしれない。実質的に経済に寄与するという意味では、使用用途不明のルートに流れるよりは、よほどマシなようにも思える。

サブプライム問題で判明したのは、金融市場において、偶像崇拝とでもいうべき格付けという擬似的な安全資産尺度への盲信が生まれていたことである。本当の安全資産とは、確率ではなく確実さにおいて表現されるものである。インフラ投資は、欧米市場でも見直し機運が強まっていると聞く。新興国投資においても、株式ではなくインフラを原資とするファンドの人気が高まっているようだ。

リスク回避といえば国債というのが定番ではあるが、今後はインフラ投資もその範疇に入ってくる可能性が高い。但しその為には、インフラ保有を牛耳っている公的部門を市場開放する必要がある。そのスキーム作りのノウハウは、既に民間金融の手にある。構造改革を主張するならば、政治的思惑に揺さぶられること無く、インフラという文字通り「地に足の着いた」改革から着手するのも一つの考え方であろう。

2008年04月18日(第169号)
 
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