HOME > 2008

◆ 金融と国家の関係とは

来週、筑摩書房より「金融VS国家」という本を出す。同社からは、「金融史がわかれば世界がわかる」、「世界がわかる現代マネー6つの視点」に続く第三作で、当初ぼんやりと計画していた「三部作」の完結編となる。

2005年の「金融史」は文字通り国際金融の歴史を辿るものであり、2006年の「現代マネー」は昨今の国際金融の姿をスナップショットとして切り出したものであった。そして今回は、金融と権威との相関を掴む、というのが狙いであったが、それを書物にまとめるのは想像以上に骨の折れる仕事であった。

金融と教会、金融と専制国家という構図は、以前から気になる関係式であった。国家の存在感が薄い市場取引に慣れた筆者の眼には、それらは古色蒼然とした時代的印象でありながら、どこか現代に連鎖するDNAの要素を含んだ絵画のようにも思えた。その心象に、ロシアや中国、産油国などの台頭、米国の退潮、そして日本の政治家からのSWF立ち上げといった雑音が加わって、本書用のパレットが準備された、という訳だ。

本誌では、同社にお許しを頂いてその「はしがき」を掲載させて頂く。ご興味を持たれた方はは、どうぞ本屋で手に取ってみて下さい。

長い間の職場であった「喧騒のディーリング・ルーム」を離れて国際金融市場を眺めていると、これまで見えてこなかったいくつもの景色に出会うことになる。金融の歴史もその一つであり、さらに目を凝らすと金融と教会や国家との意外な接点が見えたりもする。そして西欧や米国とアジアにおける相違点に驚くこともしばしばある。金融は、その一般的なイメージと違って必ずしも世界均質な市場ではない。

いま、日本を国際金融センターにしよう、或いは中東や中国に負けぬように日本も国家ファンドを作れ、といった威勢の良い声が飛び交っている。不良債権という長くて暗いトンネルを抜けた後も、今ひとつ迫力に欠ける日本の経済や金融への苛立ちを象徴している現象なのだろう。また、1980年代に見られたような日本金融の黄金時代を復活させたいという気持ちの表れなのかもしれない。

確かに、日本の金融は一時世界市場で輝いて見えたことがあった。だがその1980年代の栄光は、長い国際金融史の中でのほんの一瞬の閃光に過ぎなかった。国際金融は基本的に大西洋地域で育まれたシステムであり、現在でもその構造は残念ながらそれほど大きく変わっていない。

日本でも、金融改革制度への意欲は高まっている。だがその視点は欧米金融を過剰に意識したものであり、市場の公平性・透明性確保や競争力向上、運用力の拡大、規制環境改善、都市インフラ充実など、欧米に肩を並べることを目的とした形式要件の改善だけに議論が止まっているようにも見える。

また、金融をカネというコインの表側だけで見ていては、金融競争力は育成されない。金融は、特に国際金融という意味では対外的に重要な戦略ツールとしての性格も強い。国家がそのような大局観を持たなければ、金融産業は成長しないし国益も生まれない。「500年の長い歴史を持つ欧米金融を、国家プロジェクトとしてどう相対化するか。」これをまず戦略の始点に置く必要があるのではないか。

金融は、健全な経済成長と一体不可分な存在であることも考え合わせると、目先の運用などではなく、日本経済の姿を見据えた金融戦略でなければ意味が無い。そこには、成長とのバランスという文脈での環境問題などへの配慮も必要になってくる。金融を運用という狭い意味だけで位置付ければ、サブプライム問題で苦しむ米国の轍を踏むことにもなりかねない。中国と張り合って外貨準備の積極運用を行っても、それが国益となる保証は無い。

では、国家はどのように金融に関わるのが適切なのだろうか。自由主義的な観点から、国の一切の関与を否定する立場もあるだろう。その対極には、金融機能は公的機関に集約すべきだという議論もあるに違いない。どちらが正しいのか、という証明は経済論理的には不可能である。

ただ、国家がこれまでどのように金融に関わってきたのかを知ること、即ち、国家と金融の歴史を振り返ってみることは、今後の日本金融の国際的な展開へ一つの視点を提供してくれるかもしれない。本書の狙いはその一点にある。私論に関しては、最終章において期待と諦観が複雑に入り混じる気持を自分なりに整理してみたので、それは読者諸氏のご意見やご批判を待つこととしたい。

金融史や通貨システムの解説において、既にこの世に送り出した「金融史がわかれば世界がわかる」「世界がわかる現代マネー6つの視点」(いずれもちくま新書)と、若干ではあるが、重複する部分があるのをお許し頂きたい。それは、国家と金融の連立方程式を説くためには避けて通れないからである。逆に、前著二冊を併読していただく事で、「国家と金融」の議論に立体感が生まれてくることもあるだろう。

金融は、市場機能が最も輝く場であるとともに、重要な国家プロジェクトでもある。軍事力の代替手段として、或いは国際経済の安定的成長手段として、日本の貴重な武器になる潜在性をも秘めている。第一章に入る前に、その考察の為には金融の歴史が貴重な教師になり得ることを、あらためて強調しておきたい。

2008年06月06日(第172号)
 
s