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◆ 米国は既に「失われた10年」入り

◆ GDP経済と株価社会

日本の専売特許となった「失われた10年」は今や「失われた20年」と呼ばれ、さらに向こう10年間の低迷を予想して「失われた30年」になるという悲痛な声も聞こえ始めた。GDPも株価もダメだという諦観は、一方で米国はGDPが再拡大を始め株価は何とか持ち応えている、という彼我の落差意識を生み易い。

日本の話はまたの機会に譲るとして、今回は、本当に米国はGDP経済としても株価社会としても日本より優れているのか、という点に絞って考えてみたい。以下は、筆者が顧問を務める先の「中長期米国戦略作り」に際して行ったプレゼンから抜粋したものである。私の仮説は、米国は既に「失われた10年」に突入している可能性が高い、というものである。これから、ではなく既に、である。

実は日本も、1990年時点では誰も10年以上経済低迷が続くなど思っていなかったのだ。当時は多くのプロが「向こう数年間の日経平均は20,000円から40,000円のレンジ相場だ」と話していた。GDP成長率も低水準ながら3%程度の安定的拡大期にいずれ戻ると誰もが信じていた。

だが、現実は先般も書いたように日経平均は10,000前後でうろつき、実質GDPは1989年の427兆円から2009年は541兆円と20年間で27%、年率平均で1.3%程度の成長に止まっている。これが金融力を抑制したまま「成長の限界」に直面した姿である。米国も2001年あたりから似たような罠に陥っているが、その病巣が幻想的な金融力で隠されてきたのではないか、というのが仮説内容だ。以下は数字による確認作業である。

まず米国の実質GDPを見ておこう。以下は、1970年から2009年までの年度別成長率推移である。幾つかの景気後退期を除けば、4%前後の成長を維持していることが解るが、2001年以降の迫力は明らかに薄れている。

次の図は、5年間ごとに区切った平均成長率である。これを見ると、1998-2003年、2004-2009年といった期間は既に平均成長率が2%を割っていることが解る。米国の潜在成長率は3-3.5%と言われるが、ここ10年間はその潜在力を達成できていないのだ。

では株価はどうだろうか。一般的に、米国の株式市場は打たれ強いという印象があるが、これもここ10年で大きく変質しているように思える。以下の図は、1971年から2009年までの年間ダウ上昇率(棒グラフ:配当なし)と、過去10年間のダウ投資利回り(折れ線グラフ:配当なし)である。

棒グラフの状況は、2000年から明らかに変化している。折れ線グラフも同様に2000年から完全にトレンドが変わっていることが解る。米国では1970年代に「株式市場は死んだ」と言われた。折れ線グラフの左側は長期株式投資が何も生まなかった事実を如実に示している。2000年以降の明らかな投資不調は、再び「株式市場の死」への局面に入った可能性を示唆しているように見える。

以上は、大まかに見た米国経済と株価動向である。これだけで米国の「失われた10年入り」を断定することは出来ない。だが、2001年以降の米国経済をGDPの71%にまで伸張した消費が主導したことは事実であり、その消費を金融が後押ししたことも否めない。よって、2001年以降の過剰な金融緩和が消費経済を底上げしたと見ることで、仮にその浮力が無ければGDPももっと低迷し、株価はもっと下落していた可能性が高い、と考えてみることにする。

以下の図は、個人消費の伸び率とその対GDP比推移である。後者は1999年第2四半期に67%を超えてから2006年に70%を超えるまで急速に拡大した。1970-1999年までの65-67%レンジとは明らかに異なっている。そこにITバブルを経た後のFRBによる超緩和、住宅ローン超緩和、証券化のバブル、といった背景を読み取ることは難しくない。肥大化した金融が消費と住宅を支え、幻想のGDPを作り上げていたのである。

米国の個人消費がGDP比で過去のような65-67%レンジに一気に戻るとすれば、急激なデフレを起こすだろう。昨年、世界経済が恐怖に陥ったのはその所為だ。だから政府は財政を投入しながら調整せねばならないのだが、上記の図で解るのは、GDP比69%台へと反落していた個人消費がまた71%へと「出戻り」していることである。2009年3月以降の株式市場はこの「異常への回帰」を歓迎していたのである。

米国がこんな政策を長期的に継続することは無理だろう。消費者が貯蓄率を現在の4%水準から過去50年平均の8%水準へ徐々に上昇させていく可能性は高い。その過程で消費のGDP比は次第に65-67%へと調整されていくのではないか。それには10年程度かかるかもしれないが、私の言いたいのはそれが米国の「Lost Decade」なのではない、ということだ。

米国は2001年のITバブル崩壊の際に、日本に約10年遅れで「Lost Decade」に入ったのである。それを金融政策による異常な消費拡大で埋めたものの、隠し切れずに2007年にその限界が露呈した。2009年は激痛を鎮痛剤で処方したが鈍痛は残った。米国は、これからその慢性的鈍痛に長期間悩まされるだろう。それは「Another Lost Decade」と呼ぶべきだ。結局、米国もそしておそらく欧州も、日本と同じ長期停滞期を迎える宿命から逃れる術はなさそうだ、と思わざるをえない。そして、世界は1873年から始まった長期不況と同じ道を辿る確率が高いのではないか、というのが現時点での私の直感的推測なのである。

2010年2月26日(第215号)