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◆負債立国としての米国
◆ なぜ米国経済は急回復したか
未曾有の規模の深刻な金融危機や経済危機であったにもかかわらず、米国の経済成長率は昨年第3四半期に2.2%のプラスに転じた後、第4四半期には在庫調整もあって5.6%と伸び、本年の第1四半期も3.2%増と好調さを継続している。
この背景に、大胆でやや無謀とも思える米国流の金融・財政政策があったことは否めないが、それにしてもこの復旧のスピードは、当の米国当局ですら予想していなかったのではないだろうか。雇用情勢や住宅市況は厳しいままだが、企業経済が極めて早く回復した事実は認めない訳にいかないだろう。
先般、日経ヴェリタスに「米国は日本と同様に失われた10年に入った」と書いたら、賛同する人と疑問視する人と双方の反応があった。後者は、この米経済の力強さを見て「日本とは違う」という印象を持っているのだろう。その気持ちは解らぬ訳ではないが、米国経済は下半期に向けてやや表情を変えていくものと思われ、過去半年の成長ペースは維持不能との見方を変えるつもりは、まだない。
それは、米国の成長モデルが所詮は「負債に大きく依存した構造」であるからに他ならない。やや寓話的に言えば、1980年代以降の米国成長を牽引したのは、国家・銀行・家計による「負債拡大」であって労働生産性とは言い難いからだ。この成長モデルに対して「限界点」を突きつけたのが今回の危機である。
日本やドイツ、中国、そして韓国や台湾などは「輸出立国」だ。スイスやイタリアなどは「観光立国」、豪州やカナダ、ブラジル、ロシアなどは「資源立国」と色分け出来そうだ。そんな分類において英国と米国は「金融立国」という言い方が出来るが、米国の場合にはさらに「負債立国」という別の形容も可能だろう。歴史上に例を見ないこの成長モデルを作ったのが米国なのである。
借金する、つまり資金を借りるというのは誰にでも簡単に出来ることではない。借入出来たとしてもその金額や期限には限度があり、信用力が低ければ金利も高くなる。事業を行うには借金が必要だが、それは金利を上回る利潤が続かなければいずれ破綻する。相応の負債をベースに成長し続ける、というのは並大抵のことではない。
米国は世界で初めてそれをやってのけた国なのだ。米国以前の覇権国に、そんな発想は無かった。英国は「世界の銀行」として貸し手ビジネスで金融を制覇したが、米国は「世界から借金」して斬新な経済成長モデルを築き上げたのである。この違いは大きい。
金融危機はこのモデルに楔を打ち込んだが、借金力無しに成長エネルギーの乏しい米国は、歪んだ金融を修正するのではなく保護する方向で対応した。負債立国の基盤を崩す訳にはいかなかったのである。FRBを最大限に利用し、徹底的に金融システムを守った。だからこそ、米国の経済危機は軽症で済んだ様に見えたのである。
◆ 負債立国の実態
では、「負債立国」というのはどうイメージしたらよいのだろうか。恐らく時系列的に数字を拾い上げて観察することが最も効率的だろうが、ここではいくつかの切り口を紹介するに止めよう。以下の数値は、Simon Johnson教授の「13 Bankers」によるところが大きいことを添えておく。
まず、金融機関のバランスシートや利益規模が参考になる。2009年第2四半期のゴールドマン・サックスの資産規模は8,900億ドルで、エクイティは630億ドル、利益は50億ドルであった。これが現代的な経営水準である。
さて1985年のソロモン・ブラザーズを見てみよう。当時は、辣腕メリーウェザー氏率いる最強の債券軍団が市場を跋扈するなど、ゴールドマンよりもソロモンの勢いの方が凄かった。この会社が消滅するなど、予想したことも無かった。そのソロモンも、インフレ調整後で見ると当時の資産規模は1,220億ドルでエクイティは50億ドル、利益は年間で20億ドル、四半期に換算すれば5億ドル程度であった。
この25年間のうちに、最強投資銀行のバランスシートは7倍に膨張し、エクイティは約13倍に、利益は10倍になった訳だ(JPモルガンを引き合いに出せば、2009年第2四半期で資産規模は2兆ドル強、エクイティは1,550億ドル、第2四半期利益は41億ドルである)。
勿論、経済規模も過去25年で大きく拡大している。だが1985年末のGDPは6,995億ドルで2009年末は13,155億ドルと2倍弱だ。どこから金融収益10倍が生まれてきたか、と言えばその過激な負債戦略に他ならないのである。
因みに当時のソロモン・ブラザーズのグッドフレンド氏のインフレ調整後報酬額は5.8百万ドルであった。ダイモン氏の2007年の報酬額は34百万ドル(翌年は19.7百万ドルに下がった)、ブランクフェイン氏は54百万ドル、ジョン・セイン氏は84百万ドル、ジョン・マック氏は41百万ドルである。これもまた負債立国ならでは、の報酬であろう。
別の数字を拾ってみよう。FRBの統計に拠れば、1978年時点での米商業銀行の総資産はGDPの53%に相当する1.2兆ドルであったが、これが2007年末には84%の11.8兆ドルにまで膨張した。投資銀行は330億ドルとGDPの1.4%に過ぎなかったが、これが3.1兆ドルと一気に22%まで拡大した。1978年には影も形もなかったCDOは、2007年にGDPの32%に当たる4.5兆ドルまで成長した。1978年の金融部門が保有する資産額は2.9兆ドルでGDPの125%程度であったが、2007年には36兆ドルでGDPの259%にまで膨れ上がったのである(オフバランスはここに含まれていないことにも注意)。
実体経済による負債需要だけでこの資産増を説明するには無理がある。これはまさしく「経済の金融化」が進行した証拠であろう。金融化による借入増加は、実体経済による借入増の4倍のペースであった、という試算もある。こうして「負債立国」は成長を遂げていったのだ。
米国GDPに占める金融セクターの貢献度は1979年の3.5%から2007年には5.9%まで上昇した。金融収益の伸びも凄まじい。金融機関の利益増加率は、1930-1980年の半世紀の間、ほぼ非金融部門のそれと同じであったが、1980-2005年の25年間においては、非金融の伸びが250%だったのに対して、金融は800%も伸張している。
金融危機はこの異様なペースを遮断したが、それでも2009年第3四半期以降は急速に復活している。非金融が1980年の2倍弱となったが、金融は6倍を超えているのである。
ついでに、給与水準も比較しておこう。1978年の米民間部門の平均給与は13,142ドルであり、金融部門は13,163ドルと殆ど同じ水準であった。1960年代の投資銀行のMBA初任給は6,000ドル前後で、大規模な製造業よりも30%程度低い水準にあったのである。それが変化するのは、やはり1980年代のことなのだ。
こうして「負債立国」は永久機関のような金融成長モデルとなった。その心臓部である金融システムが保護される限り、成長は続く。問題は政府保護の持続性である。SECのゴールドマン告発は、その曲がり角を示唆しているような匂いがする。