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◆虚像としての銀行利益

◆ 全米銀行のQ1決算

米国FDICが公表した第1四半期の「Quarterly Banking Profile」は、全米銀行の利益が180億ドルと、業界復活を印象付けるものとなった。昨年第4四半期が9億ドルの利益であったから、この数字に米銀復活の兆しを読む人も少なくないだろう。債務危機に揺れる欧州の銀行を尻目に、米銀は比較優位性を取り戻したのだろうか。

確かにJPモルガンなど大手米銀は徐々に回復力を見せている。「寡占化」を勝ち取った結果として引受もTradingも安定化し、規制強化による逆風は生じるものの、予想されたほどの悪影響はないとの見方が強い。当然、金融規制改革のネガティブな影響はあるだろうが、大手米国金融の経営は、連邦政府や地方政府の債務問題が浮上するまで当面は暫く安泰だろう。

但し米国全体の金融システムを概観したとき、その経営はお世辞にも安定的とはいえない。6月末で銀行破綻は86行を数えており、恐らく年末には200行程度の破綻数にまで拡大するだろう。因みに2007年のサブプライム問題発覚以来の破綻数は246行となった。最終的にこれがどこまで拡大するか、まだ予想が付かない。FDICが公表している「問題銀行」は775行もある。これまで米国の銀行数は約8,000と言っていたが、FDICの報告書に拠れば、3月末には全米7,932行で8,000行を割り込んでいたことが解った。

そうは言っても180億ドル稼いだのだから、最悪期は脱したのだろう、という意見もあるだろう。では不良債権の動向を見てみよう。

2010年3月末のIncome Dataの中の「Net Charge-off」の項目を見ると、524億ドルとある。これはいわゆる償却額であるが、このうちクレジット・カード・ローンの償却が104億ドルと目立っており、1年前と比べた時の「増加額」の約75%を占めている。前期の償却額は529億ドルであったことを考えれば、高水準の償却はまだ続いていると言えるだろう。

それでは不良債権額はどうだろうか。「Non-Current Loan and Leases」の項目を見ると4,093億ドルとある。約37兆円である。全資産に占める割合は3.06%だ。昨年末は3,919億ドルで2.99%であった。3か月間で不良債権は174億ドル増加しているが、増加ペースそのものは鈍化している、とFDICは評価している。

だがその一方で引当金は急増している。バランスシート上の「Reserve for Losses」の項目は2,629億ドルで前期末から345億ドル増えている。この増加額はおそらく史上最高だ。その結果として、不良債権の引当カバー率は若干ながら改善している。とはいえ、その水準は64%であり、2007年9月末に100%を割り込んでからの急低下に歯止めがかかったに過ぎない。

ただ不思議なことに、収益を示すIncome Data「Provision for Loan and Lease」では引当金が512億ドルで、前期末の611億ドルから101億ドル減少している。これが、「第1四半期180億ドル利益」の大半を説明しているのである。バランスシートでは引当が増えているのに、収益面では引当が崩されて利益が出ている。実に妙な統合決算である。

◆ 悪魔は細部に宿る

これを説明するのが、今年から適用されるようになった「FAS166/167」と呼ばれる会計の変更らしい。従来オフバランスとして取り扱われていたSIV保有の証券化商品などが、バランスシートに組み入れられたのである。この修正が行われたのは大手銀行が中心と見られる。

その結果として、バランスシート上の引当金が急増したのであった。だがFASの変更は、それを収益項目に反映しなくても良いとされている。従って、バランスシートとインカムのミスマッチが生じているのである。FAS166/167を忠実に読み込むとすれば、収益にもマイナスの影響が出る筈なので、FDICのいう「180億ドルの利益」は実は正しくないことがわかる。

FDICはその辻褄を合わせるために、2009年第4四半期以前のインカムに関して下方修正する、という荒業を使うことになった。まあ、メディアや市場はそんなところまで見るはずもない。銀行決算のいい加減なところである。因みにその下方修正で計算すれば、全米銀行の2009年第4四半期は9億ドルの利益どころか、13億ドルの損失であったのだ。

このようにいろいろな角度から見ていくと、米銀の経営環境は必ずしも最悪期を乗り切ったとは言い難いことがわかる。例えば現時点での不良債権を償却するには、あとカバーするのには1,464億ドル必要だ。第1四半期で仮に180億ドル稼いだとしても、そのペースでは潜在損失をカバーするのにまだ2年間掛かることを示している。

重箱の隅をつつくような話で気が滅入るが、金融の実態を知ろうと思えば、それなりに詳細まで踏み込む必要がある。まさに「悪魔は細部に宿る」のであり、ロイターや日経のヘッドラインで市場分析を済ませよう、などと手を抜いていると、危機の前兆を察知することなど土台無理な話になる。

そもそも金融危機以来、金融機関の収益面で確かなものといえば利鞘と手数料だけになった。不良債権、不良資産、引当金、償却といった項目は政治的要素も加わった「鉛筆舐め舐め」の世界なので、実態など誰にも解らない。それに加えてゼロ金利政策による支援、FDIC保証による支援、FRBによる資産買取での支援といった支援のオンパレードがどの程度の収益嵩上げになったのか、ほとんど推計不能だ。そんな状況で「米銀復活」と言われても首を傾げるしかない。

もっとも金融にバイアスがかかりやすいのは米国だけではない。欧州も損失隠しという意味では米国の上を行く。中国も数年前の不良債権は地下深く埋めてしまった。その意味では日本は立派な先達であった。

現在の海外金融の実態は誰にも解らない。従って、金融は依然として世界経済の時限爆弾である、と言っても過言ではない。ガイトナー財務長官は「TARP資金は早期に返済されて利益も出た」と胸を張ったが、銀行が早期返済したのは経営陣のボーナス制限を除去する為であり、それを助けたのが評価凍結という妙な会計処理であったことを、我々は忘れてはならない。先送りのツケは、いずれ表面化するだろう。

2010年7月9日(第224号)