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◆2011年の米国長期金利予想

◆ 2010年の総括

個人的な話から始めて恐縮だが、2009年末(つまりは一昨年末)にある座談会で、著名日本株アナリストと2010年(昨年)の株式相場で見通しを語り合う機会があった。いつも強気の氏は「2010年の日経平均は下値リスクが無くなったので15,000円まで上昇」と述べ、やや悲観的だった筆者の予想は「危機は終焉しておらず日経平均は9,000円まで下落した後でやや上昇するものの高値はせいぜい12,000円」というものであった。12,000円には届かなかったが、全体の印象として、これは筆者の勝ちであったと言って良いだろう。2010年の為替市場はドル円80円台定着というのも、ほぼ予想通りであった。

株価と為替の見通しはそれほど外れることが無かったが、大失敗したのはある大手自動車メーカーの経営者向け講演会で述べた米国債見通しである。財政赤字拡大による米長期金利上昇は必然と見て、10年債利回りは4.5%-5.0%という予想を立てた。これは見事に外れた。昨年の米長期金利は一時2.3%台まで低下するなど全く逆方向へと動き、秋の講演会では同社経営陣らを前にしてその「失態」を釈明する羽目になった。

何故読みが外れたかといえば、米国債市場の防衛本能を過大評価したことに尽きるが、反省としては一歩進んで、なぜ米国債市場に財政赤字懸念が市場要因として働かなかったか、までを問わねばなるまい。筆者が現役時代の1990年代は、「財政赤字拡大=米国債金利上昇」であった。それが2010年には「米国債構造=日本国債構造」になってしまったのである。つまり財政赤字が増えるのに比例して金利が下がるという「異様な事態」が米国にも伝染したということだ。

日本の場合、個人金融資産の国債指向の強さ、国内投資需要の低迷、銀行の思考停止、デフレ継続といった複合的要因によって国債に資金が集中する「特殊構造」であると解釈してきた。まさかこれが米国に伝播するとは思っても見なかったのである。

だが現実には、ギリシア危機などを契機として米国債はドルと同様に「安全資産」と見做されて、大量の資金を惹きつけることになった。まさに「リスク・フリー資産」の面目躍如である。利回りなど関係なく、流動性と安全性を求めて、世界のマネーが米国債に集まっていく。その趨勢にダメを押したのが、8月にバーナンキ議長が仄めかした「量的緩和第二弾」であった。大手邦銀による気が狂ったような大量の米国債購入も、利回り低下に拍車を掛けた(流石にこれは無残な結果を生んだようだが)。

ギリシア危機は悲観派としては想定内の出来事であり、ユーロ離れもシナリオ通りであったが、その資金が雪崩を打ったかのようにドルに向かうとは思わなかった。財政問題としてギリシアの先には当然米国の姿が浮かんでくるからである。貴金属や不動産などの筆物資産、或いは円やスイスなどの金融的安全通貨、豪ドル・カナダドルなどの資源通貨などが狙われると思ったが、市場の多数派はまずドルと米国債を選んだ。

負け惜しみのようだが、これはある意味で市場の幼稚さを示すものである。邦銀の異常行動もこれに当たる。やや嫌味な言い方をすれば、筆者は債券市場の成熟度を過大評価していたということだ。ユーロがダメならドルという発想は、とても吟味された相場観とは言い難い。米国経済が日本化し、米銀が邦銀化する中で、米国債市場までも日本国債化してしまったのである。

◆ サプライズはあるか

だが、米国の長期金利が2011年を通じて3%前半で安定推移するとは思えない。FRBがいくら国債を購入しても10年債が再び2.5%を割れるような水準に戻るとも思えない。米国債に投資する世界の辣腕投資家は、日本国債の投資家と同じではない。FRBが買ってくれるなら、そこに売り玉をぶつけるくらいのことは考えているだろう。

昨年の最終号に、本誌執筆陣によるアンケート回答が掲載されていた。「2011年のサプライズは何か」という問いに対し、最も多かったのは国債危機であったが、その中身は主に日本国債の金利急騰とユーロ圏一部国債のヘアカットであり、米国債に関する指摘は無かった(地方債リスクへの言及はあったが)。

それは、米国債には何もサプライズが無いと読むべきか、或いは米国債金利急騰のシナリオはもはやサプライズでもない、と見るべきか。いずれにしても米国金利の変化はあまり「サプライズ」ではないとするならば、金利低下の確率が極めて低い中で、BMA執筆陣は米国債金利が上昇するのは「当然」と見ているとのかもしれない。或いは、昨年時点で10年債利回りはボトムの2.3%台から3.5%台へと1%以上も上昇してしまったので、米国債サプライズは2010年に完了、ということかもしれない。

バーナンキ議長はデフレを極端に警戒していてきたが、市場は徐々にインフレ率上昇を織り込み始めている。昨年末に成立した米国の減税継続で、成長率予想も3%を超える見通しが増えている。仮にCPIの期待値が1.5%で成長率期待値が3.5%となれば名目金利は5.0%という計算になる。理屈で言えば、FRBは「QE2」どころか大幅利上げせねばならなくなる。現実にはそうならないだろうが、頭を擡げてきた商品相場を横目で睨みながら、性急な市場は政策変更を催促し始めるかもしれない。

米国長期金利は、景気回復見通し・財政赤字懸念・インフレ期待という三つの基本パラメータを、SWFのドル離れ思惑・準備通貨制度改革議論・資源価格上昇といった外部要因が揺さぶる形で上昇基調を辿ることになるだろう。FRBによる金利上昇抑制力は効かなくなる。問題は、もはやその方向性ではなくそのスピードである。もっとも、FRBの政策目的が株価上昇であることは既に鮮明になっているので、株上昇を伴う金利上昇であれば、当局もそれほど焦ることはないだろう。

では2011年の米国長期金利水準は具体的にどう動くだろうか。先般の「世界潮流」には1月予想の意味の無さを指摘したばかりだが、昨年の屈辱を踏まえて、敢えて予想にチャレンジしてみよう。今後数か月は3.0%から3.5%までの範囲でうろつき、春以降は4.0%に向かって上昇を始め、年後半には4.5%を越えると見る。年末には5%接近も有り得るだろう。中国経済の変調などでリスク資産市場が揺らげば一時的に米国債が買われる展開もあるだろうが、そこは絶好の売り場となり、低金利は長続きしないだろう。

では、これが「良い金利上昇」なのか「悪い金利上昇」なのか、と問われれば、やはり後者であると答えざるを得まい。日本の長期金利も、徐々に2.0%へ向けた地ならしが始まるのではないか。世界的に景気回復のムードが早とちりのように先行するあまり、その持続性を殺しかねない悪材料が出てくる可能性は、否定出来ないだろう。

2011年1月28日(第238号)