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◆ ある証券会社役員との対談 その1

今回は大手証券会社役員のA氏をお招きして、日本の資本市場・証券ビジネスなどの現状や将来像について語って頂きました。経営問題などやや際どい内容にまで突っ込んでお話頂いた為、匿名での掲載となりました。読者の皆様のご理解を賜りたく存じます(編集人)。

(倉都)Aさんとお会いするのは随分久しぶりだが、相変わらず海外を頻繁に飛び回っておられると聞いている。今日は東京だけでなく海外の市場についてもお聞きしようと思う。まずは、最近の日本の資本市場の印象からお伺いしたい。

(A氏)一言でいえば「冴えない」ということに尽きる。それは市場の問題というよりも経済の問題だ。ここまで経済が低迷すれば資本市場ビジネスだけが活況と言うわけにはいかない。社会のリバイバル・メカニズムも働かない状況だ。

(倉都)ただ市場には資本循環を活かして経済を元気にさせるという機能もあるのではないか。そこを、証券会社が上手く刺激させるという役割を果たすことは無理だろうか。

(A氏)期待はされているが、市場にも限界がある。そもそも日本はリスクマネーが育たない土壌であり、そこで経済の見通しが暗くなっているので、如何ともしがたいムードが蔓延している。一応、許される範囲で株が持てる証券関係者すら、自己資金のほとんどは銀行預金ではなかろうか。肝心の当事者に自信がないのだ。

(倉都)ただ、バブル時代はリスクマネーが暗躍していたことを考えると、日本にリスクマネーが育たないとは一概に言えないのではないか。

(A氏)あの当時は浮かれて欧米の後追いをしていただけで、せいぜい2-3年しか続かなかった。やはり気質の問題として米国などとはマネー感覚が違う。市場の勢いが復活するような気配はない。この流れは当分続くと考えておかねばならないと思う。以前のように、欧米金融が上手くいったから我々も、という程度の認識では証券経営は成り立たない。

(倉都)では、日本でも本邦系と外資系ではまだ差があるということか。私が外資系証券の支店長を辞めてからもう10年以上になるが、当時のような「格差」はまだ存在しているのだろうか。

(A氏)その欧米を見てもいまや日本と同じような沈痛なムードが蔓延しているが、業界としては依然として彼我の落差は大きい。勿論、本邦系にはリテールという強みがあるが、ホールセールになると力の差は歴然としている。例えばゴールドマン・サックスは米国内では様々な攻撃に晒されて収益力が落ちているとか言われているが、金利関連ビジネスでは日本での存在感はまだ圧倒的だ。それは強く意識せざるを得ない。

(倉都)でもゴールドマンもJPモルガンも、東京では同じ日本人がやっている。10年或いは20年経ってもまだ差が縮小しないとは驚きだ。それは何故だろうか。

(A氏)インフラの違いが大きい。本邦勢はなかなか追いつけない。引受けなどのプレゼン一つとっても、出てくる資料が違う。組織的な営業に対するバックアップは凄い威力だ。またグローバルベースの商品開発力にも依然として差がある。従って、ホールセール顧客向けの複雑なソルーション・ビジネスでは勝てない。またコンプライアンスの姿勢もかなり違う。本邦系は「如何にビジネスが出来ない理由を探すか」がコンプラの仕事だと思っているが、外資系は「如何にビジネスを通す理由をみつけるか」がリスク管理の目的になっている。視点がまるきり違っている。

(倉都)野村がリーマンを買ったり、三菱がモルガンスタンレーと合弁を作ったり、という動きもあったが、それらは上手く機能していないということか。

(A氏)一般論でしかないが、ゴールドマンと住友、リーマンと日生といった歴史にも見られるように、外資系はそのインフラを完全に日本勢に開放しない。また、向こうはグローバル、こちらはリージョナル、という違いが埋まっていないと思う。もちろん、逆に本邦勢の強みとして、日本の銀行系証券は銀行のバランスシートを利用するというメリットを受けているところもあると思うが。

(倉都)リスク管理面については、金融危機から3年も経過して日本勢もだいぶ追いついてきたという印象を抱いていたのだが、それは淡い期待に過ぎなかったのだろうか。

(A氏)証券会社の経営陣全体がどれだけリスク管理の本質を正確に理解しているのか、疑問なしとしない。事故が起きると体制を問い直すというより、パッチワークで修繕するという発想の域を出ていないのではないか。勿論、外資系なみに大胆に管理システムを構築する為のカネがないというも現実的な問題もあろうが。

(倉都)カネがないというのは、言い訳ではなく本当に無いのかもしれない。特に最近のように市場ビジネスの低迷期では、収益体質自体が問われることになる。この商売を続けるに値するリスク管理体制が構築できないとなれば、企業の存続自身にも関わることになる。それは大変深刻な事態なのではないだろうか。

(A氏)リスク管理体制構築にかかるコストが年々膨らんでいく一方、レベニューが増えないという点が経営上の最大の問題点だ。

(倉都)リスクといえば、管理だけでなく「テイク」の問題もある。ここでも日本勢と海外勢の違いはあるのだろうか。

(A氏)海外勢のリスクテイク意欲は相当低下している。やはり規制強化の影響は大きい。但し先ほど言ったようなインフラを「リスクテイク力」と定義するなら、その差は大きい。トレーディングなどもそのインフラを使って規模を修正しているだけで、リスク・アピタイトは落ちているが、総合力としてのリスクテイクの力量としてはまだ外資系に軍配が上がる。但し収益力は低下するので、人材削減とともに高過ぎる給与も減らしていかざるを得ないというのが経営の直面する問題になっていると思う。

(倉都)少し話題を変えて、証券化やCDSなどのクレジット・ビジネスの展望などをお聞かせ頂きたい。

(A氏)日本のクレジット関連の証券化は住宅金融ものだけで、他に見るべきものがない。そもそも銀行などに資産流動化の需要がない。仕組み債などではシングルネームへの投資家はいるが、CDOなどのへ需要は2008年以降全くと言ってよいほど無い。CDSも資産流動化を先取りして拡大していったが、肝心の現物(バンクローン)が付いてこないので頭打ちになっている。

(倉都)そもそも論として、CDSの拡大は何か市場や経済に対してプラスになったのか、という疑問もあるのかもしれない。

(A氏)今の日本に、こうした市場を育成・拡大せねばならない、と考えている人はもはやそれほど多くないと思う。結局は虚構だった、という見方すらある。口ではCDSや流動化は必要だと言う人も、本心ではそんな必要は無いと思っているのではないか。仮に流動化市場があったとしても今の日本では誰も使わないだろう。

(倉都)銀行はむしろ優良資産不足なので売るなんて有り得ない、という反応なのだろう。ヘッジなど考えてもいないし、むしろ売却ではなく逆に買いたい銀行の方が多いということだろうか。

(A氏)米国のコーポレート・ローンをバルクで買いたい、という銀行は何行かある。企業の成長性からすればアジアなどの優良企業にも魅力を感じるが、米国のバンクローンの方が「流動性が高い」ということで稟議が通りやすいのだろう。買ったら売りはしないだろうけど(笑)。

(倉都)次の質問だが、日銀の社債やETF.・REITの買い入れについてはどう評価しているか。

(A氏)これは止むを得ない措置だと思う。そもそも問題は米国から波及しているので、日銀が防衛策を発動するのは正しい行為だ。為替レートも明らかに米国のドル安誘導を反映したもので、介入に限界がある限り、資産買入れの形で緩和策を拡大するのは適切で、国策としてもっと規模を拡大しても良いくらいだ。

(倉都)ただあまりに日銀の行為が大きくなれば、日銀が市場のプライシング担当者になってしまう。それは市場機能を傷つけることでもあり、また資本のアロケーションをさらに非効率化させることにもなる。もはや非常事態の緊急対策の範囲から外れているようにも見えるがどうだろうか。

(A氏)これは日銀や日本市場という問題ではなく「FRB対日銀」という相対論の問題だ。むしろ日銀の行為は「プライス・キーピング」という意味で、一時的にせよ自分達が相場を守るという目的意識も含まれていると考えてよい。市場は自力で均衡すべきという考え方もあるが、違う考え方もある。市場が機能していないので、これは止むを得ない。

(倉都)官製相場が長期的に続けば、民間金融なんか要らなくなる。そういう方向性すら感じられるが、それで良いのだろうか。

(A氏)これは世界各国で起こっていることだ。日本だけが流れに逆らうことは難しい。ただいつまでやればよいのか、これは解らない。円高もいつまで続くか解らないが、何か手を打たなければもっと円高になる。

(倉都)為替は株と同じで、下手に当局が操作するよりもオーバーシュートさせたほうが早く是正されるように思うのだが、どうだろうか。日銀はむしろ市場を壊して自律調整機能を奪っているのではないか。また、あまりに民間による政治頼みが強くなると、ヒトラーのような怪物の登場さえ許してしまうのが歴史の教訓でもある。

(A氏)市場機能を信じている人はそう思うかもしれないが、現実の政治はそうはいかない。ただそれがご指摘のように怪しいポピュリズムに繋がらないという保証は無い。特に欧州はかなり気になっている。