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◆ 文京学院大学 絹川教授との対談
今回は、文京学院大学経営学部の絹川直良教授との対談です。同氏は東京銀行の内外拠点で長く資金業務(円及び外貨)に従事された編集人の先輩であり、国際通貨研究所ではアジア諸国の金融インフラ整備などのプロジェクトにも深く関わってこられました。今回は、アジアを一つの柱として、絹川教授のご体験に基づく様々な分野での貴重なお話を披露して頂きました。
倉都:絹川さんには、弊社の「世界潮流」を長い間ご購読して頂いております。この場を借りて御礼申し上げます。先日お会いした時は、大学のご用件でお忙しそうだったので、今回はゆっくりとお話しさせて頂こうと思います。まずは最近世間を賑わせた「LIBOR」問題に関してお尋ねしたいのですが、その話の導入線として1981年にニューヨークでドル資金業務をお始めになったあたりのことから聞かせて下さい。
絹川:語学研修の後、1981年12月に米国の資金課で仕事を始めたのました。課長以下、格付け会社への対応に相当気を遣ったやりとりをしているのを間近に見ながら、金利の先取り(リファイナンス借入)と後取り(ユーロ、FF市場での借入)の差も厳密に考えながら、精魂込めてやっていました。日本では資金業務の経験は無かったですから大変でした。そのような経験を思い起こしていると、LIBOR神話が崩れた今回の事件は残念ですね。ドル資金の世界ではこれまで邦銀が市場を引っ張っていくことは出来なかったのですが、それでも欧米一流行との差を縮めようと努力してきたことを思い返すと、その自分の求めていた目標像の現実がこんな胡散臭い社会であった、というのは悲しいことです。
倉都:東京ではその後、円資金もやっておられましたね。円とドルとでは同じ資金とはいっても相違がありましたか。
絹川:東京はちょうどTIBORが始まったころで、東京オフショア市場のオファー金利も、情報端末に若手スタッフが自分でレートを入力していました。でもそれは確実に取引されているレートを参考にする、ということでブローカーにきちんと確認しながらレートを出していましたね。それが当たり前だと思っていました。その前に、円は、兎に角、日銀当座預金の残高を厳しく管理しなければならないので、相当神経を遣いました。その後香港に行ったのですが、そこでは、先輩が香港ドル資金のレートの出し方を工夫しているのを見て、いたく感服しました。中長期の調達にかかる付加コストを、顧客営業部門向けの中長期変動金利貸出の場合の部門間仕切り金利(トレジャリー部門から見てオファー側)に「中長期賦課コスト」として加えるというのは、当時まだやっているところが少なかったと思います。そうやって、銀行は独自に資金レートの妥当性や採算性を考えていたのです。
倉都:香港やシンガポールはアングロサクソン流の市場が定着していますよね。但しそれはアジアの中で必ずしも一般的とは言えません。日本とも違いますね。国によって金融市場への考え方はそれぞれ違うのではないですか。
絹川:そうですね。例えばタイでは中銀が銀行からレートを集めて公表レートを出しています。中銀が各銀行を評価して金利を提示する銀行を選抜する訳です。キャッシュ市場が薄くてインターバンク取引が発達していない、ということもあるのでしょう。規制緩和にもさほど熱心ではありませんし。以前は、そんなやり方でいいのかなと疑問に思ったことがありましたが、今回のLIBOR事件を見ていると、むしろ中銀をはじめとする当局が金利提示に深く関わるという意味でそっちが正解だったのかも、と思ったりして、複雑な心境です。また、金利の自由化と短期市場の自由化も、同時期に平行して起きるとは限らず、逆に金利の自由化が先行してしまい、経済成長もスローダウンすると、短期金融市場の育成を進めるのは容易でないと思います。
倉都:やはり短期市場のコントロールという面では、中銀の存在感が大きいのでしょう。ただ中銀の力が強過ぎるというのも考え物のように思います。民間金融が競争しながら市場を作っていくというのが本筋のように思うのですが、どうでしょう。
絹川:例えば中国・韓国・台湾といった国々では政府などの「権力」を仰ぎ見るという社会構造があるように感じました。一方で、タイやインドネシアは市場参加者が自由に当局の施策について意見を示してくれるので、インタビューもしやすいですね。やはりお国柄というのは、金融市場作りの点にも出てきますね。香港・シンガポールはその中でベースは欧米的で、肝心なところは当局が水面下で主要行に相談していると思いますが、公式には主要な市場参加者に対してコンサルテーションを行いますので、明らかに違います。
倉都:アジアの債券市場についてはどう評価されていますか。我々には構想が盛り上がって以降の進捗状況がちょっと見えないところが多いのですが。
絹川:自国通貨建て債券市場の発展をはじめ様々な点で実績が上がったという点で、このプロジェクトは成功したと思います。アジア債券市場イニシアティブは略してABMIと呼ばれていますが、ABMIをきっかけに各国が競争して市場インフラ整備を急いだという意味も大きいです。その過程で、日本の当局者の役割も大変高いものがあったと思います。格付機関の整備についても日本の格付会社が助言を行い域内の格付機関が交流する場の誕生につながりました。問題が残っているのは、各国の為替・資本規制の関係でクロスボーダー取引への制約が多く、まだ円滑にいかないことですしょうが、時間をかけて進めるほかないでしょうね。
倉都:日本の投資家もこの市場にはそれほど積極的ではないですね。市場のインフラ作りに日本人がこれだけ関与したのに対して、投資家としてはあまり熱心でないのはちょっと残念な気もします。アジアの債券、特に現地通貨建てというのはこれから狙い目の市場だと見ているのですが。
絹川:アジア債券市場に絡んで、日本で最初に各国通貨建てファンドを作ったのはシュローダーだったと思います。「アジアン・ワルツ」という洒落た名前を付けていましたが、残念ながら今年6月に終了してしまいました。
倉都:いま日本はアジアと言えば中国や韓国との領土問題というネガティブな点がクローズアップされがちですが、タイやベトナムなど対日感情の良い国々との付き合い方をもっと深めるというポジティブな面も重要視する必要がありますね。投資も含めて、経済外交というのは八方美人ではなく同盟的な関係を強化する、ということだと思うのですが。
絹川:その意味では、先日IMF・世銀総会の機会を利用して開催した国際通貨研究所共催のパネル・ディスカッションで、「ユーラシア・グループ」のイアン・ブレマー氏が面白いことを言っていました。現代のグローバリゼーションは「フラットな社会」だと描写されることも多いですが、彼は「いやそうじゃない、現代経済はむしろロッキード・モデルだ」と言うのです。ロッキードの売り上げは国防総省が8割で、残り2割は同盟国です。つまり、より近い考え方の国々のグループ化、換言すれば価値観の近い国々同士の関係が重要になる、という主張です。企業も、こうすれば国々の争いに左右されなくなると言っていました。
倉都:イアンは「Gゼロ時代」の提唱者ですね。私も彼の「G20は役に立たない」という意見には賛成です。企業経営や政治も同じですが、烏合の衆には何の解決能力もありません。やはり世界的リーダーシップ不在の時代は暫く続きそうですね。そうなるとアジアもまた不安定な時代を回避することは難しそうです。
絹川:但し、同じパネルで喋っていた世界経済研究院会長のイル・サコン氏が、韓国統一に向けた変化は指導層の若年化で比較的早い時期にやってくる、と述べていたのが印象的でした。韓国もこれまで東西ドイツの統合を相当深く研究しています。そしてG20は危機対応には有用だ、と主張し、日中韓でも「Collective Leadership」が取れないだろうか、と提言していました。
倉都:韓国統一の話は考えたこともなかったのでちょっと新鮮です。東アジアも流動的なのですね。そのパネルにはFT紙のマーチン・ウルフも参加していたと思いますが、彼は欧州問題について何か言っていましたか。
絹川:EUに関しては、ノーベル賞受賞の直後ということもあってか、その歴史的な偉業は評価すべきだと述べながらも、現在の結婚は「悪い結婚だ」になったと辛口の評価をしていました。時間を掛けて軌道を修正することは可能だろう、と述べる一方で、現在の混乱を政治的に解決出来る兆候はまだ見えていない、という診断でしたね。
倉都:確かに欧州危機が沈静化したというのは幻想だと思います。ギリシアもスペインも、既に金融・財政問題が社会問題にまで発展してしまったので、市場の目線では解決不能でしょうね。欧州は市民社会である、ということを市場は忘れがちです。英米を見るような視点で、欧州大陸を診てはならないと思います。世界を見回すと、危機は再発しないというのはやや楽観過ぎるのかもしれません。
絹川:国債などの財政問題に関しては、倉都さんがいつかどこかに書いていた「Financial Repression」というのが凄く気になっています。それが最も蓋然性が高いように思いますね。多分極端なインフレというのは無くて、知らない間にしっかり取られていた、という結果になるのではないでしょうか。大学でも日本の財政問題は結構話題になることが多いですね。
倉都:大学は国だけでなく自身の財政も大変ですね。少子化の中での学生集めへの戦略作りは欠かせないと思います。差別化というのは企業だけに限ったことではないですよね。
絹川:競争と言う意味で最も競争に出遅れている一つの分野が大学です。いま、大学は機能別分化(「研究」か「教育」か」)という選択肢を突き付けられていると同時に、グローバリゼーションへの対応も迫られているのです。就職状況も厳しいですしね。学生のレベルアップは喫緊の課題ですが、知識伝授方式ではもはや不十分です。ボランティア活動など学生が伸びる要素をどんどん取り入れる必要があります。大学も卒業生の品質を保証できないとダメな時代になりました。
倉都:そういう大学の変化がグローバリゼーションへの対応力として働けば良いですね。でも最近の学生は、我々の時代と違ってアジアに相当目が向いているように思います。一方で東南アジア諸国は対日感情が良いとも言われますが、それが日本に対する期待値も高いと解釈できるならば、金融との接点拡大の可能性も広がりますね。
絹川:ベトナムで仕事していた時、現地の人から欧米人はホテルと役所を往復してレポートを書いたらすぐに帰ってしまうけれど、日本人はその後もずっとフォローアップで留まってくれるのが有り難い、と言っていました。経済の現場が好きな人が多いのですね。そうしたアフターケアへの評価は抜群です。これを今後も継続することが必要ですが、最近は大銀行などにやや淡白な印象が窺えるのが心配です。
倉都:継続と言う意味では、せっかく始動した人民元・円取引も何とか継続していく方向に行けばよいですね。実需が乏しい中では苦しいかもしれませんが。
絹川:取り敢えず初日だけでお終い、ということにはならなかったですね。各銀行も収益よりも継続ということで頑張っているためなのか、少しずつ取引が増えているという話も聞いています。ただ現場は大変だと思いますね。資本取引が大きくありませんから。長期的な日中経済関係を考える限りこの通貨市場には大きな意味があるので、何とか長続きして欲しいですね。
倉都:中国だけでなく韓国との付き合い方も少々難しくなってきました。
絹川:実は円・ウォンの直接市場創設の話も95年初にあったのですが、これは初日だけで立ち消えになってしまったと記憶しています。韓国と日本は金融市場で深く結びついている、という面が過小評価されているかもしれません。例えば西日本の金融機関の中には円建てとはいえ、韓国の企業や銀行のサムライ債などを購入しているところもある、と言われています。今後、韓国の投資家がどの程度日本の資産を保有しているか調査してみるつもりです。また2003-4年あたりの話ですが、韓国の金融機関がその中堅企業向け融資の積み上がり分を低利の円の短期資金でファンディングしていた、といった時期もありました。ウォン建てで融資を行っていれば通貨と期間のダブル・ミスマッチがおきていたことになりますが。こうした密接な関係をベースとして、金融市場の統合を考えていくことも必要ではないかと思っています。
倉都:実需の無い市場作りには無理があると思いますので、ご指摘通り、貿易だけでなく両国間の資本取引がどこまで伸びるか、に尽きるのでしょうね。領土問題の長期化という支持要因は確かに嫌な材料ですが、経済交流がストップすることはありません。むしろ政治的に困難な時代の方が、本当に必要な経済関係が浮き彫りになるのだと思います。本日は、貴重なお話をどうも有難うございました。