不明瞭なECBのガイダンス


 先月下旬の年次フォーラムにおいてECBのDraghi総裁は量的緩和縮小への布石を打ち、Taperingへの議論を早々に開始する姿勢を見せていた。市場は金利高、ユーロ高、株安で反応したが、その後はECB内からブレーキを掛ける発言が相次ぎ、市場の過剰反応を諫めるムードも生まれていた。そして今週、注目された理事会では緩和バイアスが保留される一方で、同総裁は秋には量的緩和縮小議論を開始する姿勢を示すなど、四苦八苦の様子も窺える。(本文に続く) 編集人 倉都康行
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ゾンビ企業存続と生産性低下


低成長と低インフレ率の長期化が、生産性の低下と密接な関係にあることは否定出来ない。金融政策の限界を学んだ多くの先進国は、生産性上昇こそが経済成長戦略の要であるとの認識を全面に押し出しつつあるが、技術開発の実用化には時間が掛かり特効薬は無いとの見方が一般的である。だが、OECDやBISの報告書はZombi企業の放逐が生産性向上に繋がるとの見解を公表し、生産性改善の為には民間産業の再構築が必要不可欠だ、と指摘している。(本文に続く) (編集人 倉都康行
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継続するドル売り圧力


 今週ドル円は112円台を割り込み、為替連動の相場が続く日経平均も一時2万円台割れとなった。だが昨今のドルの弱さを円で計ることは適切ではない。ユーロは1年2か月ぶりに1.15ドル台へ上昇、豪ドルは0.79台と2年ぶりの高値を付け、人民元など新興国通貨に対してもドルは全面安となっている。FRBの引き締めペースのブレとTrump政権の経済政策混迷という二つの要因が、折り重なるようにしてドル売り圧力を強めている。(以下、本文に続く)編集人 倉都康行
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中国金融システムリスク対策


 中国が5年に一度の全国金融工作会議において国務院内に「金融安定発展委員会」を設置することを決定した。乱脈的な理財商品が横行し、不正行為の疑念も消えない金融業界への不安が高まる中、縦割り行政の下での監督体制を見直し、複数のセクターをカバーする一体的な監視を強めるのが目的だ。秋の党大会を前に、金融システムの安定化や透明化を図る姿勢をアピールしたものと見られるが、景気との兼ね合いは引き続き重要な「調整問題」として残っている。(以下、本文に続く) 編集人 倉都康行
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低ボラティリティと米銀利益


FRBによる今年2回の利上げは、着実に銀行の利益押し上げ要因になっている。利鞘拡大だけでなく融資残高も増大しており、4-6月期大手金融決算は商業銀行部門の堅調さを背景に予想を上回る利益を計上している。だが株価がさえないのは、Trading部門における取引量や利益が減少しているからだ。その低迷の主因が歴史的な低水準に留まっている各市場のVolatilityにあるのは自明だが、その構造は早々には変わりそうにない。(本文に続く) 編集人 倉都康行
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2016年最後のご挨拶


  ブレクジットとトランプ氏勝利という大激震に見舞われた2016年も終幕を迎えた。市場でもマイナス金利からポンド急落そして米株最高値更新などの奔流に右往左往する展開が続いたが、それよりも欧米の人々が内向きな選択をし始めたことの方が記憶と印象に残る年であった。1989年にベルリンの壁が崩壊して以来、自由主義や市場経済の価値観が世界に定着したと思い込んでいたが、この数年間に多くの人は心の中に壁を築き始めていたのだ。  それが今年、自由主義の旗頭であった英米で表面化することになった意味は小さくない。そして来年は、その心の壁が生みだす具体的な現象が表徴化することになるのだろう。どこかの中銀総裁のように「世界が保護主義に向かうとは思えない」などと呑気な経済観を抱く気にはなれない。確かにトランプ氏が選挙中に放言していた無責任な策をそのまま採用するとは思わないが、米国の政治が変質することは100%間違いないし、欧州が泥沼のような政治的混迷から抜け出せるすれば、それは奇跡と呼んでよいだろう。  市場が政治に関する不透明性を嫌うことは周知の通りだ。筆者は政治リスクに関して言及できるほどの知識はないが、政治家の言動に関してはより深い洞察力を持つ必要があると考えている。モーゲンソーは「政策の本性はイデオロギー的偽装のヴェールに隠されている」と喝破した。それは帝国主義における背景分析であるが、覇権主義や自国優先主義などが闊歩する時代においても、予測の難しい政治リスクが市場の平穏を乱すことは日常茶飯事になるだろう。今年起きた英米での「二大事件」は、来年への単なる材料提供に過ぎないようにも思われる。 編集人 倉都康行

2015年最後のご挨拶


 年の瀬に、今年も平和裏に過ごせたことを感謝しながら、国家が少しずつ妙な方向へと姿を変えていくことに抵抗できない個人の無力も感じている。学生時代は敷かれたレールに反抗し、社会人になっても会社に文句を言い続けて結局は独立の道を選んでしまったが、幾ら好きになれなくても国家という存在から背を向けることは難しい。その重みに、個人だけでなく国債をはじめとする資本市場も潰されようとしている。  国家とは税金というオプション料を払えば権利を守ってくれるものだと思っ ていたが、現在の国家はオプション料を徴収しながら憲法を無視して権利さえ 奪い取りかねない強圧的な政府に乗っ取られてしまった。だがそんな国家像で も良いと思っている人が少なくない中での軌道修正は難しい。来年以降も抑圧 された憂鬱が続くことを覚悟せねばならないのだろうか。そして、踏みにじら れた資本市場とともに、出口のない金融政策や低成長経済を憂う日々が続くの だろうか。  いや、そんなに落ち込む必要はないかもしれない。アベノミクスは馬脚を現 し、一般の人々も安倍政権の経済政策の怪しさに気付き始めている。円安が救 世主にはなれなかったことも判明した。一人当たりGDPで日本が順位を大きく下 げたのも、行き過ぎた円安の所為だということは自明だろう。円の水準にもう 少しプライドを持ちたいものである。株価が多少もたついても、民間企業が独 自の成長戦略で稼ぐ力を取り戻せば良いのである。経済の基本は個人と企業で あり政府ではない。来年は、アベノミクスと日銀追加緩和という二つの単語を 捨てることで、過去3年間の清算を図りたいものである。 編集人 倉都康行

2014年最後のご挨拶


 2014年もあっという間に過ぎ去ろうとしている。日本はアベノミクス失敗を暗示する景気後退入りとなったが、安倍政権の巧みな選挙戦術で経済問題は封じ込められ、逆に「アベノミクス信認」という強引なキャッチフレーズで国民を幻惑させてしまった。その後永田町から出てきたのは自民党の得意とするばら撒き作戦と大企業優遇策であり、財政再建や規制緩和、安定成長への見取り図など長期的な針路は全く示されないままの越年である。情けない国になり下 がった印象は否めない。  公的債務増と人口減という破滅的な構造や、既得利益の温存と格差拡大という衰退的長期トレンドを無視した政権運営に「NO」を突き付ける機会は当分到来しそうにない。安倍政権は長期戦略を描く時間を手に入れたにもかかわらずその根源的は保守思想からすれば、大胆な構造改革に斬り込むことはまず期待出来そうにない。来年は増収を背に受けて統一選に向けたばら撒きを再開し、 市場懸念を訴えた財務省への嫌悪感を顕にしつつ、日銀には更なる円安・株高実現の為の政策を強要する姿勢を堅持することになるだろう。  その日銀が作り上げたマイナス金利世界は、来年10年債など長期債市場にも波及しそうな気配である。そんな異変の定着は、秘密保護法や集団的自衛権そして原発再稼働などに対する疑念をも希薄化させる、いわば「誰もが異変を異常と思わなくなる時代」の到来を告げるものだ。安倍政権は、それを感知させない「麻薬」を最大限に利用している。円安や株高は、日本人を思考停止に追いやる為の優れたクスリなのだ。その事実を忘れずに、市場は市場と割り切りながらもそこに隠された政治的意図を看過することのないよう、来年も頭だけは冷静さを保ち続けていたいものである。 編集人 倉都康行

2013年最後のご挨拶


 アベノミクスに舞い、テーパリングに揺らいだ1年も、景気回復への期待感とともに幕を閉じようとしている。今年は円安・株高に乗った人々が勝ち組と なり、アベノミクス批判者は負け組となった。日銀の政策への違和感を抱き続 ける筆者も後者の一人である。だが市場が常に真実を照らす鏡であるとは言え ない。日本だけではないが、過去5年間に蓄積された金融政策の評価を2013年 だけで下すには、あまりに性急過ぎる。その軽薄なムードは米国でも顕著にな りつつある。新興国を別とすれば、2014年が明るい年になるとの期待が高まっているのは 事実だ。その筆頭を行く米国では様々な数字で改善が見える。先週公表された 同国商業用原油備蓄の減少も、シェール革命による増産を上回る需要が生まれ ていることを示すものだ。ガソリン消費も増えている。年末年始の米株式市場 が更に勢いを増すことも考えられよう。「市場先走り」のムードが高まれば新 年の日本への順風も強まりそうだが、そこに落とし穴が無いとは言えない。金融政策に市場経済の期待値を引き上げる効果があるのは、現代では誰もが知っている。資本市場はその通りに動いている。そして金融政策が過剰期待を生むことも現代常識の一つだが、それを見極める力を備えていないのが人間社会の特徴である。現在のリスク資産指向の転換点が2014年に到来するのか、或 いは2015年以降になるのか解らないが、予測不能だといって点検を怠る訳には いかないのが、市場ビジネスに携わる人間の宿命でもある。経済は常に人々の 想像を超えた動きを生んできた。リスク要因が減少しているからといって、そ れに並行して観察力や判断力まで低下させてはなるまい。 編集人 倉都康行