FOMCとマーケット


米国株市場は年2回利上げから年3回利上げを漸く織り込み、3%に近付く長期金利への対応準備も整えつつある。月初の株価急落から株価は約40%戻し、調整局面は意外に早く脱出できるという楽観論も浮上してきた。だが今週発表されたFOMC議事要旨で強気な景気・インフレ見通しが示され、利上げペースの加速も意識されて長期債利回りが上昇し始めると、株価は途端に失速していった。それは、市場がまだ長期金利の高さに目が慣れていないことの証左でもあろう。(本文に続く) (編集人 倉都康行
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ECBにも人事の波


 FRBの新議長にPowell氏が就任し、日銀は黒田総裁の続投がほぼ確実となった。新体制における日米の金融政策は、従来の継続が予想されている。一方でECBのDraghi総裁の任期は来年10月とまだ時間はあるものの、今週副総裁候補が固まったことで次期総裁人事としてのWeidmann氏を巡る思惑も強まってくるだろう。Draghi総裁下での超金融緩和体質からタカ派的な体制への円滑な橋渡しは、それほど容易な作業ではあるまい。(以下、本文に続く)編集人 倉都康行
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米国実質金利の示唆するもの


 昨今のドル円下落要因に関し、実質金利差の縮小を指摘する声もある。米国ではインフレ期待が高まって実質金利が低下し、インフレ率上昇の期待値が低い日本では実質金利が横ばいとなっている、という観測である。だが米国TIPS債利回り短期的には上昇傾向にある。むしろ注目すべきは実質金利の水準自体がさほど高くないことであり、それは現時点での市場がそれほど経済のリフレ・ムードを信用していないことを示しているようにも見える。(以下、本文に続く) 編集人 倉都康行
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米国財政赤字の副作用


 1980年代の米国は、財政赤字と経常赤字の「双子の赤字」に塗れた経済的ファンダメンタルズの弱い国というイメージが市場に拡散し、1985年のPlaza合意を契機とする慢性的なドル売りは、1995年の80円台まで継続することとなった。その後はGlobalizationに乗った金融ビジネスの牽引力によってドルは復活したが、金融危機で再下落した後の回復力は限定的である。そしていま、再び財政問題が為替市場のテーマとして浮上し始めた印象もある。(本文に続く) 編集人 倉都康行
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ドル円は100円を目指す


 米国市場では先週末から株価が回復基調に入っている。疑心暗鬼の投資家も少なくないようだが、VIXが20台を割り込むなどVolatilityのポジション整理が一巡した印象もあり、一部には比較的早期に調整局面を抜け出すとの楽観論も浮上している。その中で目立っているのが為替市場における円高基調だろう。株価急落局面ではさほど上昇しなかった円が、株価急回復という状況の下で106円台を割り込みそうな勢いになっている。(本文に続く) 編集人 倉都康行
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2017年最後のご挨拶


 不思議な一年が終わろうとしている。正直言って、米国だけでなく欧州や新興国がここまで順調な経済拡大ペースを記録するとは思っていなかった。年初、今年の米国は景気サイクルの終盤に接近、トランプリスクも厄介な存在になり、欧州は右傾化とブレグジット騒動の下で共同体維持に綻びが出るかもしれない、と考えていた。中国の成長速度ももう少し鈍化すると予想していた。だが多少の地政学的な揺れはあったが、経済は過去10年で最も安定的な拡張を見せ、市場変動率の乏しい中で各資産も上昇基調を維持して越年しそうである。これは果たして実像なのだろうか。  各国の強烈な金融緩和がモルヒネ的に効果を挙げたことは事実だろう。数兆ドル単位のマネーが世界に投じられたのだから、経済と市場に浮力が働くのは当然である。だが今年は米国に続いてカナダや英国も金融政策を転換し、ECBもいよいよ来月から軌道修正に入る。日銀は音無しの構えのように見えるが、流石に来年は変化の年になるだろう。堅調に見える現在の世界経済が、果たして金利の変化に耐えられるほどの自律的成長力を取り戻したのかどうかが大きな着目点になりそうだ。実像と虚像の差異を見極める力も必要である。  特に、外部経済に完全依存してきた日本の実力を測るのに来年は重要な試金石になるだろう。上手く立ち回れる可能性はある。変化への適応力を付けた企業は少なくない。海外投資家の日本株への見直し買いには割安感だけでない理由がある。だが一方で、構造改革を忘れて権力ゲームに走った政治のツケは残っている。そして新興企業の立ち遅れ、AIやIoTでの立ち遅れ、フィンテックの停滞といった状況は、特に今後の中国との競争において深刻な劣後をもたらす可能性を胚胎している。その昔、金融は欧米と周回遅れと揶揄され続けてきたが、今度はロボットやAIなど先端産業で米中から周回遅れなどと言われかねない。経済の実力は株価だけでは計れない。バフェット流に言うならば、2018年は「マネーの潮が引いたあと誰が裸で居たのかが解る」年となるのかもしれない。 編集人 倉都康行

2016年最後のご挨拶


  ブレクジットとトランプ氏勝利という大激震に見舞われた2016年も終幕を迎えた。市場でもマイナス金利からポンド急落そして米株最高値更新などの奔流に右往左往する展開が続いたが、それよりも欧米の人々が内向きな選択をし始めたことの方が記憶と印象に残る年であった。1989年にベルリンの壁が崩壊して以来、自由主義や市場経済の価値観が世界に定着したと思い込んでいたが、この数年間に多くの人は心の中に壁を築き始めていたのだ。  それが今年、自由主義の旗頭であった英米で表面化することになった意味は小さくない。そして来年は、その心の壁が生みだす具体的な現象が表徴化することになるのだろう。どこかの中銀総裁のように「世界が保護主義に向かうとは思えない」などと呑気な経済観を抱く気にはなれない。確かにトランプ氏が選挙中に放言していた無責任な策をそのまま採用するとは思わないが、米国の政治が変質することは100%間違いないし、欧州が泥沼のような政治的混迷から抜け出せるすれば、それは奇跡と呼んでよいだろう。  市場が政治に関する不透明性を嫌うことは周知の通りだ。筆者は政治リスクに関して言及できるほどの知識はないが、政治家の言動に関してはより深い洞察力を持つ必要があると考えている。モーゲンソーは「政策の本性はイデオロギー的偽装のヴェールに隠されている」と喝破した。それは帝国主義における背景分析であるが、覇権主義や自国優先主義などが闊歩する時代においても、予測の難しい政治リスクが市場の平穏を乱すことは日常茶飯事になるだろう。今年起きた英米での「二大事件」は、来年への単なる材料提供に過ぎないようにも思われる。 編集人 倉都康行

2015年最後のご挨拶


 年の瀬に、今年も平和裏に過ごせたことを感謝しながら、国家が少しずつ妙な方向へと姿を変えていくことに抵抗できない個人の無力も感じている。学生時代は敷かれたレールに反抗し、社会人になっても会社に文句を言い続けて結局は独立の道を選んでしまったが、幾ら好きになれなくても国家という存在から背を向けることは難しい。その重みに、個人だけでなく国債をはじめとする資本市場も潰されようとしている。  国家とは税金というオプション料を払えば権利を守ってくれるものだと思っ ていたが、現在の国家はオプション料を徴収しながら憲法を無視して権利さえ 奪い取りかねない強圧的な政府に乗っ取られてしまった。だがそんな国家像で も良いと思っている人が少なくない中での軌道修正は難しい。来年以降も抑圧 された憂鬱が続くことを覚悟せねばならないのだろうか。そして、踏みにじら れた資本市場とともに、出口のない金融政策や低成長経済を憂う日々が続くの だろうか。  いや、そんなに落ち込む必要はないかもしれない。アベノミクスは馬脚を現 し、一般の人々も安倍政権の経済政策の怪しさに気付き始めている。円安が救 世主にはなれなかったことも判明した。一人当たりGDPで日本が順位を大きく下 げたのも、行き過ぎた円安の所為だということは自明だろう。円の水準にもう 少しプライドを持ちたいものである。株価が多少もたついても、民間企業が独 自の成長戦略で稼ぐ力を取り戻せば良いのである。経済の基本は個人と企業で あり政府ではない。来年は、アベノミクスと日銀追加緩和という二つの単語を 捨てることで、過去3年間の清算を図りたいものである。 編集人 倉都康行

2014年最後のご挨拶


 2014年もあっという間に過ぎ去ろうとしている。日本はアベノミクス失敗を暗示する景気後退入りとなったが、安倍政権の巧みな選挙戦術で経済問題は封じ込められ、逆に「アベノミクス信認」という強引なキャッチフレーズで国民を幻惑させてしまった。その後永田町から出てきたのは自民党の得意とするばら撒き作戦と大企業優遇策であり、財政再建や規制緩和、安定成長への見取り図など長期的な針路は全く示されないままの越年である。情けない国になり下 がった印象は否めない。  公的債務増と人口減という破滅的な構造や、既得利益の温存と格差拡大という衰退的長期トレンドを無視した政権運営に「NO」を突き付ける機会は当分到来しそうにない。安倍政権は長期戦略を描く時間を手に入れたにもかかわらずその根源的は保守思想からすれば、大胆な構造改革に斬り込むことはまず期待出来そうにない。来年は増収を背に受けて統一選に向けたばら撒きを再開し、 市場懸念を訴えた財務省への嫌悪感を顕にしつつ、日銀には更なる円安・株高実現の為の政策を強要する姿勢を堅持することになるだろう。  その日銀が作り上げたマイナス金利世界は、来年10年債など長期債市場にも波及しそうな気配である。そんな異変の定着は、秘密保護法や集団的自衛権そして原発再稼働などに対する疑念をも希薄化させる、いわば「誰もが異変を異常と思わなくなる時代」の到来を告げるものだ。安倍政権は、それを感知させない「麻薬」を最大限に利用している。円安や株高は、日本人を思考停止に追いやる為の優れたクスリなのだ。その事実を忘れずに、市場は市場と割り切りながらもそこに隠された政治的意図を看過することのないよう、来年も頭だけは冷静さを保ち続けていたいものである。 編集人 倉都康行

2013年最後のご挨拶


 アベノミクスに舞い、テーパリングに揺らいだ1年も、景気回復への期待感とともに幕を閉じようとしている。今年は円安・株高に乗った人々が勝ち組と なり、アベノミクス批判者は負け組となった。日銀の政策への違和感を抱き続 ける筆者も後者の一人である。だが市場が常に真実を照らす鏡であるとは言え ない。日本だけではないが、過去5年間に蓄積された金融政策の評価を2013年 だけで下すには、あまりに性急過ぎる。その軽薄なムードは米国でも顕著にな りつつある。新興国を別とすれば、2014年が明るい年になるとの期待が高まっているのは 事実だ。その筆頭を行く米国では様々な数字で改善が見える。先週公表された 同国商業用原油備蓄の減少も、シェール革命による増産を上回る需要が生まれ ていることを示すものだ。ガソリン消費も増えている。年末年始の米株式市場 が更に勢いを増すことも考えられよう。「市場先走り」のムードが高まれば新 年の日本への順風も強まりそうだが、そこに落とし穴が無いとは言えない。金融政策に市場経済の期待値を引き上げる効果があるのは、現代では誰もが知っている。資本市場はその通りに動いている。そして金融政策が過剰期待を生むことも現代常識の一つだが、それを見極める力を備えていないのが人間社会の特徴である。現在のリスク資産指向の転換点が2014年に到来するのか、或 いは2015年以降になるのか解らないが、予測不能だといって点検を怠る訳には いかないのが、市場ビジネスに携わる人間の宿命でもある。経済は常に人々の 想像を超えた動きを生んできた。リスク要因が減少しているからといって、そ れに並行して観察力や判断力まで低下させてはなるまい。 編集人 倉都康行